取り急ぎ、決戦前夜6 動悸篇スタート?
あんまり邂逅篇とかわらないけど、いつまでも邂逅(出会い)では変だからね。
動機と動悸をかけて、<動悸篇>です。
(「"死刑!あの子に死刑?何てことを・・・。"」)
〈魔女の動機〉
グレイスは先ほどから押し黙ったままだ。
ランカと同じようにショックなのかもしれない。
ランカの電話越しの声は、不安げだった。
「マリーさん、あなたは何か事情を知っているの? あの日、病院に私が行ったことは事務所の人と、スタジオにいた人しか知らないわ。
シェリルさんがなんで逮捕されて、死刑なんて事になるのか・・・、誰も何も説明できない。 私の・・・。」
マリには、グレイスが何か言いたげにしている気配がわかる。ランカの声をさえぎった。
「ランカちゃん、少し詳しくお話し聞いてもいい?」
「"マリ! 通信回線は盗聴されてるわ。"」
グレイスの声が割り込む。もちろんマリにしか聞こえない声だ。
マリは言葉を続ける。
「んっ。 ・・・ね、ランカちゃん。今日の収録で気がついた事とかあるの。演技とか、私の友達のマネージャーの事とか。 これから会えないかな?」
「えっ? 今から・・ですか?」
「そっちに行ってあげる。 一時間後。えっと、ああ、マネージャーからあなたのアパートメントのアドレスは聞いてるわ。着いたら連絡する。」
しばらくの沈黙。
「・・・分りました。大丈夫です。」
電話を切ると、マリは着替えを探しはじめた。
今は下着みたいな部屋着だ。 さすがに、こんなかっこで外出する気はない。
「"ありがとうマリ。私のために・・・。"」
グレイスの物言いは、普段にくらべてしおらしい。
「はんっ、あんたのためじゃ無いわ。 えっと、ランカちゃんの住所は当然知ってるわよね? 私は知らない。 あと、彼女は一人なのかな?」
「"彼女の声紋パターンで解析したけど、一人ね。 あと、あなたの『私の友達・・・、マネージャー・・・』って言葉に反応があったわ。"」
「言葉の含みに気がついたて事?」
「"たぶん。あなたにマネージャーがいないって事も、知ってるしね。"」
「あら? あなたは、私の専属マネージャーじゃないの?」
ジャケットに袖を通す。車で行こう。ざっくりとした上着とパンツルックで構わないだろう。
「"本気で言っているの? 私には、あのシェリル・ノームのマネージメント・ノウハウが付いて来るのよ? 相当のギャラが貰えなきゃ、やらないわ。"」
「ふ~ん! 良く言うわねっ。じゃあ、他にあなたがやる事があるとでも?」
「"・・・おおせの通りでございますわ。"」
グレイスがふざけた口調で返事をよこす。
着替え終えたマリは、せまい玄関でパンプスを引っ掛ける、扉を見つめて言った。
「さて、そろそろ本当の目的、教えて貰おうかしら?」
聞こえないフリをして? グレイスが返事をする。
「"準備はできたの?"」
「ばっちり。 だけど『何が目的』かを、教えて頂戴! でないと、もうこれ以上動かないわよ!」
「"マリ? シェリルの事も、ギャラクシーとフロンティアの関係も話したわ。それに私にはこの2週間の記憶・・・、って言うか、オリジナルと同じ経験が無い事も話している。私も分からないのよ。"」
「じゃあ、質問を変えてあげる。 あなたは何がしたいの? 人格データの複製分離なんて普通の人はやらないわ。
分離したところからオリジナルとは別人だし、別けるメリットはまったく無いもの。そもそも違法。 なのに、あんたは、わざわざそれを実行した。」
マリは一気に言う。そして息をついてから続けた。
「聞きたい事は一つよ。 『なぜ?』」
「"・・・。"」
押し黙ったグレイスがやっと口を開いた。
「"マリ・・・。 私はシェリルを愛しているの。"」
「知ってるわ。」
「"・・・マリ。 11年前にある調査船団がバジュラと始めて遭遇したわ。
あの怪物たちとはもうずっと闘っているの。この最初の衝突で、研究者だった私の体の3分の2は無くなった。
救助してくれたギャラクシーは、私の研究結果がなくなるのを恐れて、人格データのバックアップを構築、枠組みをつくったの。
そのあとは古いデータ人格に対して、更新保存を繰り返しているのがオリジナルの私。ギャラクシーで生き残るためにそうしているわ。
ギャラクシーにとって、わたしの研究テーマは魅力的だったのよ。
インプラント技術での集合意識体の研究。大いなる神の意識に包まれる世界をつくろうとしたの。
ギャラクシーの企業体と、軍の後押しで大規模な実証実験が許可されたわ。"」
「"最初の実験でいくつかの人格データが人体ごと拡張された。ところが、人の意識を統合させるには媒体速度が遅すぎた。従来とは違う手法が必要になった。
でも私は知っていたの。銀河の端と端で意識を共有化している生物がいることを。"」
「バジュラ?」
「"そう。 そしてそのバジュラ研究のために私は、ギャラクシーの軍事関連の特務機関に採用された。"」
「"軍属になるときにこんな契約があったわ。 『戦時での作戦遂行の妨げになる感情記憶に関してはこれを放棄し、軍命令を受け入れて作戦遂行を第一とする。』って"」
「"何も考えずに言われた通りに働きます。って、誓約したのよ。"」
「"そしてね? シェリルはこの作戦で、ある能力を得るために人為的に罹患する献体になった。"」
「"人為的な罹患者? 人体実験じゃない!"」
「"もちろん症状はコントロールできるはずだった! だから私も彼女を差し出したのよ。浅はかだったわ。シェリルにとってもチャンスだって!その時は本当にそう思ったの。"」
「・・・、自分の芸術のために、御車に乗せた愛娘を焼き殺す絵師の話・・・あったわね。」
「・・・ごめんなさい。」
グレイスの姿は、マリには見えない。当然だ。初めて会話したときから一度も会った事はないのだ。
だが、マリには、今は泣きそうな顔のグレイスが見えるようだった。すくなくとも感じることはできた・・・。
「"そして作戦が混乱すれば、私の意識は軍のコントロール下に置かれる。シェリルを捨て駒として扱う。"」
「"あの子にはいつものグレイス・オコナーに見えたとしても、その中身は、その感情記憶は書き替えられている。" "誰もあの子を守れない・・・。"」
「だから、ネットから切り離したインプラントに自分のコピーを仕込んだ?」
「"そう。"」
マリは、玄関を開けて、外に出た。
夜の街に向かう。
「私が、あなたを引き当てたのは偶然?」
「"フロンティア在住でなるべくギャラクシーと接点がない。 かつシェリルと私の位置に近しい人がターゲットだったの。"
"だからシェリルの追加ダンサーオーディションの書類選考はだいぶ前に準備したわ。バジュラ襲撃後から、すぐぐらいだったかしら。"」
「そうね、本選考会まで随分時間があるなって。」
「"みんなが皆、違法インプラントに手を出すわけじゃないわ。あなたが引き当てたのは、運命とか必然って呼ばれる、確率の問題だった。"
"今でも、だれにも当たらずに休眠しているバックアップがほとんどだと思うわ。"」
「じゃあ、わたしみたいな人が、他にもいるの?」
「"ううん。 今日、放送局のリンクで探したけど、固有信号を上げている個体は無かったわ。"」
「何だかゾッとしない・・・。 眠ったままのあんたが、何人もいるって事よね。」
マリはアパートの階段を降りると、表通りに向う。
一番近くの、シェアカーのプールは、2ブロック先だ。
「あなたの目的はシェリルを開放する事?」
「"そう。"」
おおサンショうおから、クリック(予約)した小型車は、すぐに見つかった(近づくとハザードが点滅して知らせてくれた)。
「(住宅街のカープールで、独り言を繰り返す女の子って・・・、ヘンだわ!)」
「シェリルの病気ってなんなの?」
「"V型感染症ね。バジュラのフォールド・ウィルスって呼ばれる一種の異性ウィルスよ。"
"発症による副次作用で、フォールド波を人為的に発信出来る様になる。"」
ドアを開けて、小型車の座席に滑り込む。
おおサンショウおの登録に従って、エンジンがスタートする。
「"結果、ある種の毒素が体内で発生するけど、投薬でコントロールできるはずだった。"
"でも、シェリルのケースではあの子の強い意志に応える様に、フォールド・ウィルスが活性化したの。"」
「どういう事?」
「"フォールド・ウィルスは、実際にフォールド波を発生させて、時空上で超即時ネットワークを作る事ができるの。" "銀河の端と端でも即時通信よ。まだ人間の思考のような複雑なものを繋げるのは課題があるけど、『想い』は伝える事ができるのよ。"」
「それがシェリルの歌がヒットしている理由? とんだ歌姫ね。イツワリだわ。」
「"ううん、違うわ。本質を考えれば違う事に気が付くはずよ。伝えたい『想い』のない人間なんて、何を持ってしても『想い』なんて伝わらないのよ。 シェリルの『想い』はホンモノだし、彼女から溢れる歌もホンモノなのよ。"
"そうして伝えたい『想い』を歌う彼女に、フォールド・ウィルスも応じた。 そしてそれがシェリルを少しずつ傷つけた。"」
「歌えば歌うほど苦しくなる?」
「"そう。魔女に歌声を取り上げられたお姫さま。"」
「(魔女はあなたよ?) 酷い・・・。」
「"そうね。"」
車を走らせる。
グレイスはそのまま黙ってしまった。
いつになく暗い街を、飾り気の無いシェアカーが静かに走った。
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- 2013/05/12(日) 07:54:24|
- 作品(マクロス小説)
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